中国武術史

民国期

3. 精武体育会の興盛

霍元甲が1909年に上海で創設した精武体操学校は、後に精武体育会と改称。武術普及を主旨に、技撃・文事・遊芸・兵操を兼ね備え、門派を超えて発展。国内外に分会を広げ、1929年頃には会員40万人を超える規模に。抗日戦争で被害を受けましたが、戦後に再建。
民国期

2. 「中華新武術」の興衰

民国初期、馬良が提唱・編制した『中華新武術』は、軍警や学校の正式体操として普及し、伝統武術を団体教練向きに整理した点で意義がありました。しかし五四運動期に旧思想と結びつけられ批判され、内容の単調さもあり衰微しました。
民国期

1. 発展の特徴

民国期(1911~1949年)の武術は、戦乱や動乱の中でも発展を続けました。主な特徴は、都市部を中心に武術組織が広まり普及が進んだ点と、近代思潮の影響で科学化・規範化へ向かい、学校教育や競技として取り入れられた点です。
新中国期

10. 台湾・香港・マカオの武術

戦後の台湾・香港・マカオでは、中国大陸からの武術家流入により伝統が保存・発展しました。香港は詠春拳や映画を通じ国際化し、台湾は北派を系統的に継承、マカオは競技で展開しました。現在は健康・文化遺産として継承されています。
新中国期

9. 国際交流と世界への進出

1960年より中国武術隊の海外表演が始まり、1970年代には米大統領接見など国際的反響を呼びました。1980年代以降は積極的な世界進出方針の下、指導者派遣や国際組織設立が進み、1990年に国際武術連合会が正式発足し、武術の世界的普及が大きく促進されました。
新中国期

8. 武術科学研究

新中国期の武術科学研究について、1987年に中国体育科学学会武術学会が設立され、全国的・国際的な学術研討会が多数開催されたこと、また『中華武術』をはじめとする専門刊物や多くの武術理論著述が刊行され、研究の深化と普及に大きく寄与しました。
新中国期

7. 武術遺産の発掘・整理

新中国成立後、武術遺産の発掘・整理が本格化。1979年の通知を機に調査が進み、1983〜86年には全国で8000人超を動員。129種の拳種を明らかにし、膨大な資料を整理・記録した空前の事業でした。
新中国期

6. 武術競賽の発展変化

新中国成立後、武術は1953年天津大会で競技化の第一歩を踏み出し、1959年に初の『武術競賽規則』が制定されました。套路・散手・太極拳推手などが体系化され、全国大会や選手等級制度が確立。文革で一時中断後再開し、現代競技スポーツとして発展しました。
新中国期

5. 社会武術運動の興起

社会武術は武術事業全体の一部分として、党と国家から重視されています。1950年代初頭、党と政府の呼びかけのもと、社会武術活動はまず労働者・農民・学生の中で急速に復活・発展しました。その後、不断の努力を経て、全国範囲に徐々に広がりました。
新中国期

4. 武術優秀運動隊の創設と発展

武術優秀運動隊は、武術人材を育てる重要な拠点です。1960年代初頭に始まり、長年の発展を経て徐々に成長し、特に1980年代以降急速に発展しました。ここでは運動隊の創設と発展をたどり、その技術訓練の内容を紹介していきます。
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